中川康司(ポロンカンパニー)さんのショートショート














あるビジネスマンの初夢

「先日、みなさんの家族から、お手紙をいただきましたので読みますね。」と言って、講師の若い栄養士が、封筒から手紙を取り出した。

(あーあ、早く終わってくれないかな―、このメタボ研修が終わってもまだまだ仕事が残ってるんだよなー。なんで俺ばっかり毎回参加させられなきゃならないんだ・・・。)

講師は手紙を読み始めた。
「僕すい臓です。毎日遅くまでの残業でもう我慢できないんです。」

(んー??何言ってんだ?)

講師は先を続けた「皆さんも経験があると思いますが、終業時間直前に上司がものすごくたくさんの書類を抱えてきて 「今晩中にやっておいてくれ」といわれるとむかつきますよね。 まさに、僕のご主人がそうなんです。毎日毎日深夜まで残業させられて本当にくたくたなんです。
できるなら、定時に終わってゆっくり一日の疲れを取りたいのですが、いまはどんどん疲れがたまってきています。」

(なんなんだ、作り話か?)

「そのせいなのか最近仕事のミスが多くて、この間は、網膜さんに「ちゃんと仕事しなさいよ!」と目を真っ赤にしてものすごく怒られました。 また昨日は、末梢神経君がピリピリした態度で「いい加減にしろよな!」とすごんできました。
周りのみんなからは怒られてばかりですが、唯一の救いは、腎臓さんだけは何も言わずに、後ろから僕をニコニコを見守ってくれていることです。 でも、腎臓さんにも限界が近いのか、ここ2、3日は唇を噛みしてとても苦しそうに仕事をしていました。
実は腎臓さんは双子なので、一人が倒れても、もう一人が助けてくれるんです。 そうはいっても、お仕事が減らない限りは、結局もう一人も倒れてしまい僕たち全員おしまいになってしまうんです。
こんな苦しい状況がいつまでも続くんなら、 「早くおしまいが来てもいいかなー」とちょっぴり思うこともありますが、以前のように規則正しく仕事をして、「毎日楽しく暮らしたいなー」というのが僕たちみんなの本心です。
ご主人様には僕たちの気持ちを直接伝えることはできません。 せめて、早めに気付いてくれればと思い筆を取りました。 どうぞよろしくお伝えください。
ちなみに、昨日の僕の残業は、夜11時半にラーメンと餃子、家に帰ってからおまんじゅうでした・・・。」

(・・・ふざけた話だ、手紙なんか読むより、はやく始めてはやく終われよ!)

「お手紙は以上です、以前も、同じようなお手紙をもらったことがあるのですが、結局その人は、彼らに仕事を押しつけ続けてしまい、その結果仕事を休むことになり今は治療に専念しています」
「残念ですが、一度、やられてしまうと元の体の状態には戻りませんので、当然、お仕事も元の仕事に就くことはできないと思います。どの方も仕事を続けられなくなったあとから後悔されるのですが、元に戻れなくなってから気づくのが悲しいことですよね。」

(なんだよ、嫌味な言い方じゃないか!)

「なにかご質問はありますか?ないですよね?」
「はい、それでは、今日のテーマは・・・・」と言って、若い講師はカラフルなスライドを使って、今日の講義を始めた。 俺は一番後ろの席で腕を組んで目をつむることにした。

(今夜も残業だから、少し休んでおくか・・・)

・・・ふと気がつくと、別の女性講師が興奮した様子で喋っていた。

(ん?ん?いつの間に、講師が変わったんだ?・・俺、寝過したのか?)

座席も先ほどまでとは異なり、最前列になっていた。

(あれ?・・なんで???)

「みなさん、昨日のニュースを見ましたよね!すごいことですよねー」

(なに、興奮してんだ??・・・いまから、外には出られないな・・・)
(あれ?・・なんで???)

「新聞持ってきたので、読みますね!」
「今回のすい臓原告団による集団訴訟で、XXX地方裁判所はメタボサラリーマンと国に対し、執行猶予付きの有罪を言い渡しました。被告側は、おそらく上告しないとのことです。理由は公判中に読み上げられた、被告の息子さんからの手紙が影響しているようです」
講師は読み続けた「その手紙も新聞にのっていますので読みますね。」

「・・・ぼくのお父さんは、こんかい、さいばんでわるいことをしたとうったえられています。でも、お父さんはいつもいっしょうけんめいにしごとをしていて、ぼくやかぞくのために毎日毎日おそくまでおしごとをしてくれているのです。もしも、もしも、それがわるいことなのでしたら、それはお父さんがわるいんじゃあないとおもいます。ぼくやかぞくが、お父さんにたよってしまっているからいけないんだとおもいます。」
「おとうさん、じつは、ぼく、がっこうで、毎日いじめらているんです。ごみ、だとか、くさい、といいわれているんです。おとうさんは、すいぞうくんをいじめたりしていないよね?そんなことしてないよね?もしも、もしも、そうなら、いまからでもあやまってほしいです。そうしたら、ぼくもみんなに、きちんと「やめてください」といえるから・・」
「このお手紙を読んだら、もう上告はできないですよねぇ」
講師はやや涙ぐみながら言った。


(またかよ、作り話もいい加減にしてほしいよ・・)

「まだ、記事の続きを聞きたいですか?じゃあ、今日はこの新聞を詳しく読むことにしますね・・」

(おいおい、いい加減にしてくれよ、何なんだよ)

「当初、裁判はキワモノ的に扱われていたのが、4回目の公判で被告人の一人が「自分の体なんだからどんなものをどう食べようが自由じゃないか、すい臓なんかに人権が・・・、と不用意な発言をしてしまい、全国の人権団体の怒りに火をつけたことで流れが大きく変わった。さらにマスコミがそれをあおり、目ざとい政治家が国会で「このような発言は、いかがなものか」と法務大臣へ質問したり、一気に国民全体の話題に広がってしまった。」

「しかし、そんな流れを各種の利害団体が抑えにかかっていった。全国居酒屋連盟による意見広告や、食品メーカーによるCM拒否等の対策が影響したのか、マスコミの論調は、やはり「すい臓はあくまでもすい臓」といった大人的な終息に向かいそうになってしまった」

「ちょうどそのころ、アンジェラアキが歌う「パンクレアス・マイラブ」が大ヒットし、全国中学生合唱コンクールの課題曲になった。同時に全国の中学・高校のホームルームでこの裁判について議論をするようになり、子供たちは「すい臓はすい臓でも自分たちの家族だ」と反撃に出て、対立軸は大人対子供の様相を呈していった。」
女性講師はふっと顔をあげてつぶやいた。
「そうなんですよね、わたしもどうなるのか気になって、このころはほとんど仕事が手に付かなかったですから・・・、つづけますね」

「日本の状況は世界にも発信され、WHOの事務長が裁判を傍聴したいということで、緊急来日した。裁判所サイドは同時通訳をつけるかどうかもめたが、超法規的措置で今回のみの特例で同時通訳での傍聴することを認めた。外圧に弱い日本人の特性がもろに出てしまい結果、今回の判決が下されたのだった。」
「また、今回、HbA1c値が裁判の有力な証拠として初めて採用され、科学的かつ動かぬ証拠として裁判を決定づけたことは、今までの血糖値一本やりの捜査のやり方に大きな波紋を投げかけたといえよう」
女性講師はそのあとも、記事を読み続けていたが、男はまたもや眠り込んでしまっていた。


***


「あなた、あなたー、遅れるわよ、今日から会社でしょ?早く起きてよ、お正月休みはおしまいなのよ」

(ん?ん?あれぇー?夢か?)
「ああ、いま起きるよ」
(なんか、お正月に飲み過ぎたせいか、変な夢を見たような気がするなー、まっ、いいか)
男は、ベッドの上で「ううーっ」と大きく伸びをしてから、勢いよく起き上った。


***


さて、物語はここで終わりですが、あなたは今日から、すい臓を大切にした生活をしますか?

「はい」と答えた方  ⇒⇒⇒  「これから、健康的な生活が待っています!」

「いいえ」と答えた方 ⇒⇒⇒ 「続きをお読みください」




***


【続き】

1月1日、ある救急病院のICUにて。
「先生、この患者さん、さっき「ううーっ」って唸っていましたよ。」
「そうか、意識が戻りそうかな」
「なんとか、戻ってきてほしいですね」
「そうだな、年末の残業中に栄養ドリンクを何本も飲んで急に倒れて運ばれるなんて・・・、すぐに運ばれてきたからよかったけど、血糖値が1200mg/dlもあったから、完全に糖尿病昏睡だったよ」
「いままで、どうして気がつかなかったんですかね」
「うーん、いままでどうしてもっとすい臓を大切にしてくれなかったんだろうね」

お話は以上です・・・。
さて、あなたは、これからすい臓を大切にしますか? それとも・・・。


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